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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)1573号 判決

原告

ハンマーキャスター株式会社

外1名

被告

株式会社 南進ゴム工業所

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

1 被告は別紙目録記載の物件を製造し、譲渡し、貸し渡し、譲渡もしくは貸渡しのために展示してはならない。

2  被告はその占有にかかる前項記載の物件を廃棄せよ。

3  被告は原告らに対し、金286万円及びこれに対する昭和56年3月24日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  仮執行宣言

2 請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第2当事者の主張

1  請求原因

1 原告らは、次の実用新案権(以下これを「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という)を有している。

考案の名称 合成樹脂製車輪

出願 昭和49年4月9日(実願昭49―40883)

公告 昭和53年2月4日(実公昭53―4598)

登録 昭和55年8月29日(第1343939号)

実用新案登録請求の範囲

ポリウレタン樹脂でリング状の履体2を形成し、この履体2の内周面中間部に先広がり状の抜止め突条1を突設するとともに抜止め突条1の側面で周方向適当間隔置きに穴4を透設し、この履体2の内周面内にポリウレタン樹脂より溶融温度の高いナイロン樹脂の溶融体を鋳込んで履体2の内周面と融着するナイロン樹脂製の車輪本体3を履体2と一体に形成したことを特徴とする合成樹脂製車輪。

2  本件考案の構成要件は次のとおりである。

(イ)  ポリウレタン樹脂でリング状履体2を形成し、

(ロ)  履体2の内周面中間部に先広がり状の抜止め突条1を突設し、

(ハ)  抜止め突条1の側面で周方向適当間隔置きに穴4を透設し、

(ニ)  履体2の内周面内にポリウレタン樹脂より溶融温度の高いナイロン樹脂の溶融体を鋳込んで覆体2の内周面と融着するナイロン樹脂製の車輪本体3を履体2と一体に形成した合成樹脂製車輪。

3  被告は、別紙目録記載の物件(以下「被告物件」という)を業として製造・販売している。

被告物件の構成を分説すると、別紙目録記載(イ)'・(ロ)'・(ハ)'・(ニ)'のとおりとなる。

4  本件考案の構成要件(イ)・(ロ)・(ハ)・(ニ)と被告物件の構成(イ)'・(ロ)'・(ハ)'・(ニ)'とを順次対比すると、(イ)・(ロ)・(ニ)・と(イ)'・と(ロ)'・(ニ)'とは全く同一であり、(ハ)と(ハ)'との間において、前者が「穴4を透設」するのに対し、後者が「溝状の長穴54を凹設」するという微細な差異があるにすぎない。

ところで、本件考案は、「穴4を透設」することによって穴4内に流入したナイロン樹脂が硬化した際履体2と車輪本体3との接触面積が大きくなり、履体2と車輪本体3とが協力に接合して一体化し、履体2内で車輪本体3が空転することを防止するという効果を有するとともに、左右対称構造となるから偶力ないし横又は斜め方向からの力に対しても強い抵抗力を有するという効果を有するが、被告物件も、「溝状の長穴54を凹設」することによって同一の効果を達成している。

したがって、右構成の差異は均等の範囲に含まれるものであり、被告物件は本件考案の技術的範囲に属する。

5  被告は、昭和54年1月以降、被告物件の3種類の大きさのもの(別紙目録末尾の表に記載のイ号物件、ロ号物件、ハ号物件)を毎月各2000個以上製造・販売しているが、その1個当たりの工場出し価格は、イ号が950円、ロ号物件が750円、ハ号物件が500円をそれぞれ下廻ることはないから、昭和56年1月末日現在の製造販売高は5720万円を下ることはない。

そして、本件実用新案権の実施相当額は右金額の5パーセントが相当であるので、原告らは、被告が被告物件を製造・販売したことにより、286万円を下らない損害を蒙った。

6  よって、原告らは被告に対し、請求の趣旨記載のとおり、被告物件の製造・譲渡等の差止めとその廃棄、及び損害金286万円とこれに対する被告への訴状送達の日の翌日である昭和56年3月24日から完済まで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

2 請求原因に対する認否

1 請求原因1ないし3の事実は認める。

ただし、被告物件の構成(ハ)'のうち、「長穴54」とあるのは不正確な表現であり、「くぼみ54」と訂正されるべきである。

2 同4ないし6は争う。ただし、被告が被告物件を製造・販売したことは認める。

3 被告の主張

1 本件実用新案権は、後記のとおりその考案が登録出願前公知公用のものであったから、無効である。

仮に有効であるとしても、登録出願前公知公用であった技術は万人共有の財産であるから、原告は本件実用新案権に基づき第三者に対して禁止権等を行使することは許されないというべきである。

仮に上主張が認められないとしても、本件考案の技術的範囲は限定的に解釈されるべきである。

すなわち、まず、被告のカタログである乙第1ないし第3号証の各1ないし3、第4号証の1ないし5に明らかなとおり、車輪本体3に履体2をつけること、車輪本体3にナイロン樹脂を、履体2にポリウレタン樹脂を使用すること、履体成型後にナイロン樹脂の溶融体を鋳込んで合成樹脂製車輪を製造することは周知技術である。

のみならず、フレツクスロー社のカタログである乙第5、第6号証の各1、2、ステラナ・プラスト社(スウエーデン)のカタログである乙第11号証、スウエーデン特許庁に対する出願書類である乙第13号証の1ないし4に明らかなとおり、本件考案と同一の構成を有する合成樹脂製車輪が既に文献公知となっており、上各会社によって製造・販売され、公然実施されていた。

また、テンテ社(西ドイツ)の1974年3月カタログである乙第22号証の1、2に示されている合成樹脂製車輪は被告物件と同一の構成を有するものであって、本件考案のごとく「穴4を透設」するものではなく、被告物件のごとく「溝状のくぼみ54を凹設」する合成樹脂製車輪は、本件考案の登録出願前既に周知のものであった。

2 被告物件は、「溝状のくぼみ54を凹設」する構成を採用し、本件考案の必須構成要件である「穴4を透設」する構成を欠く点で構造上の差異があり、これにともない、本件考案とは異なる作用効果を有しているから、均等の範囲に含まれない。

すなわち、本件考案においては、ポリウレタン樹脂よりも硬いナイロン樹脂の充填された穴4の部分の履体2の肉厚は薄くて硬く、これが充填されていない部分の肉厚は厚くて柔らかく、履体2の全体の硬度が調和的に均一に構成されていないから、調和的な快適な転動が得られない欠点があり、また、穴4内にナイロン樹脂を充填した際、穴4内のエアが完全に抜けきらず、エア溜りによって樹脂の完全な充填が妨げられるため、履体2と車輪本体3との結合が不十分であったり、製品にばらつきが生じたりする欠点がある。一方、被告物件においては、「溝状のくぼみ54を凹設」するだけであるから、履体52の肉厚は均一であり、かつ同材質よりなり、ポリウレタン樹脂特有の弾性を均等に保持できるので、快適な転動が得られ、また、ナイロン樹脂の充填に際してもエア溜りの生ずる余地がなく、樹脂の充填は完全になされるため、履体52と車輪本体53との結合は常に強固であり、均一な品質の製品が得られる。

また、前記のとおり、被告物件と同一の構成を有する合成樹脂製車輪は、本件考案の登録出願前既に周知となっていたのであるから、周知技術を実施している被告物件について本件考案と均等の関係にあるとすることはできない。

4 原告らの反論

1 被告の指摘する乙第1ないし第3号証の各1ないし3、第4号証の1ないし5のカタログでは詳細な構造が明らかでない。

乙第5、第6号証の各1、2(なお第6号証の1、2は本件考案の登録出願後に発行のもの)、第11号証、第22号証の1、2のカタログに、本件考案と同一構造の合成樹脂製車輪が記載されているとはいえない。

乙第13号証の1ないし4の特許出願書類は、これに記載の特許出願が出願後18ヶ月以内に放棄されたとみなされたので、一般に公開されず、したがって本件考案に関する公知資料となりえない。

以上のとおり、本件考案は登録出願前に公知公用のものではなく、本件実用新案権を無効とする理由はない。

2 ポリウレタン樹脂とナイロン樹脂との硬度の差はそれ程明白でなく、また穴4の透設されている部分とそうでない部分との肉厚の差による硬度の差があるとしても僅かなものであって、本件考案において、被告主張のような硬度の差は全くないか、あるとしても測定不可能な程微々たるものであるから、車輪の回転に影響を与えることはなく、同様の理由から、被告物件が被告主張のような積極的作用効果を持つとはいえない。

次に、本件考案において被告主張のエア溜りができることはない。なぜならば、穴4の両端から流入するナイロン樹脂溶融体の流入速度又は流入圧に差があるために、溶融体が穴4の一方の側から流入することにより、エアが逃げることができるからである。逆に、被告物件については、エア溜りによると考えられる空隙の存するものがあり、被告主張のようにエア溜りの生ずる余地がないとはいえない。

いずれにしても、被告物件は、溝状の長穴54の深さが2ミリメートル程度の浅いものであるために、空転防止等の効果は極めて不完全であり、長時間連続回転すると車輪が次第に熱を持ち、温度の上昇にともないポリウレタン樹脂が軟化し、履体52内で車輪本体53が空転するおそれが生じる

第3証拠

1  原告ら

1 甲第1、第2号証、第3ないし第6号証の各1、2、第7号証、第8号証の1ないし4、第9号証の1ないし3、第10、第11号証

2  検甲第1号証の1(被告物件のうちのイ号物件)、同号証の2(同ロ号物件)、同号証の3(同ハ号物件)、第2号証(原告製品)

3  乙第23号証の成立は認め、その余の乙号各証の成立は不知。

検乙第1号証が被告主張の物件であることは認める。

2  被告

1 乙第1ないし第3号証の各1ないし3、第4号証の1ないし5、第5、第6号証の各1、2、第7、第8号証、第9号証の1、2、第10ないし第12号証、第13、第14号証の各1ないし4、第15ないし第21号証、第22号証の1、2、第23号証

2 検乙第1号証(合成樹脂製車輪WPN-5M15)

3  甲第3ないし第6号証の各1、2の成立は不知、その余の甲号各証の成立は認める。

検甲第1号証の1ないし3が原告ら主張の物件であることは認め、第2号証が原告ら主張の物件であることは不知。

理由

1  請求原因1の事実(原告らが本件実用新案権を有すること)は当事者間に争いがなく、上争いのない本件考案の「実用新案登録請求の範囲」の記載、成立に争いのない甲第1号証(本件考案の実用新案公報、以下「本件公報」という、別添実用新案公報に同じ)によれば、本件考案の構成要件は、請求原因2のとおり(イ)・(ロ)・(ハ)・(ニ)に分説するのが相当である(この点は被告の認めるところである)。

被告は、本件考案が登録出願前公知公用であったから本件実用新案権は無効であるとか、本件実用新案権による権利行使が許されないとか主張するけれども、本件実用新案権につき特許庁において無効審決がなされてこれが確定したとの主張・立証のない本件においては、仮に本件考案が登録出願前公知公用のものであったとしても、侵害訴訟裁判所としては本件実用新案権を有効なものとして取り扱わざるをえないのであるから、被告の上主張を採用できないことは明らかである。

2  被告が被告物件(別紙目録の「長穴54」の表現について争いがある)を業として製造・販売していることは当事者間に争いがなく、原告ら主張の物件であることにつき争いのない検甲第1号証の1ないし3、「長穴54」の表現を除き当事者間に争いのない別紙目録の記載によると、「長穴54」は「くぼみ54」と表現するのが妥当であると認められる。そして、右事実によれば、被告物件の構成は、別紙目録(イ)'・(ロ)'・(ハ)'(「長穴54」を「くぼみ54」と読みかえる)・(ニ)'と分説するのが相当である。

3  そこで、被告物件が本件考案の技術的範囲に属するか否かについて考える。

被告物件の構成を本件考案の構成要件と対比すると、構成(イ)'・(ロ)'・(ニ)'は順次構成要件(イ)・(ロ)・(ニ)を充足するが、構成(ハ)'は抜止め突条51の基部の左右の側面に「溝状のくぼみ54を凹設」するのであるから、抜止め突条1の側面に「穴4を透設」する構成要件(ハ)とその構成を異にし、したがって構成(ハ)'は構成要件(ハ)を充足しない。

原告らは、右のとおり構成上差異のあることを前提としたうえで、被告物件は本件考案と同一の作用効果を有するから、本件考案と均等なものである、と主張する。

そして、実用新案権に基づく侵害訴訟において均等の理論が容認されるには、その考案が採用した技術思想と同一の技術思想を侵害対象が用いていると認められることが前提となると解されるところ、被告物件が本件考案の採用するものと同一の技術思想を用いているか否かについて検討する。

前掲甲第1号証によれば本件考案にかかる明細書(以下「本件明細書」という)に記載された作用効果は次のとおりである(本件公報3欄26行目ないし4欄21行目参照)

(a)  履体2をポリウレタン樹脂で成形したので、耐摩耗性、耐重性はもとより、硬質にして弾力性を有し、使用時に騒音を発しないうえに、床面を傷つけることもない。

(b)  履体2の内周面に融着した車輪本体3はナイロン樹脂で成形したので、その機械的強度は十分であり、かつ自己潤滑性を有し、軸に嵌挿するベアリング若しくは支持軸との接当面においてスムーズに潤滑する。

(c)  車輪本体3を構成するナイロン樹脂は履体2を構成するポリウレタン樹脂より溶融温度が高いので、履体2の内周面に溶融ナイロン樹脂を鋳込んだとき、溶融ナイロン樹脂の熱で履体2の内周面を溶融して車輪本体3を履体2に融着させることができる。

(d)  履体2の内周面に抜止め突条1を突設し、その側面に穴4が透設してあるので、履体2と車輪本体3との接触面積が大きくなるうえ、穴4内に流入したナイロン樹脂が硬化して履体2を車輪本体3が巻込んだ形になるため、車輪本体3と履体2は強力に接合して一体化し、したがって、車輪を長期間使用しているうちに履体2と車輪本体3との融着面が剥離して両者が分離してしまうことはない。

(e)  履体2に合成ゴム等を利用する場合に比し、車輪本体3の成形と同時に履体2との融着を図ることができるので、格別の接着手段を要せずに安価に連続生産が可能である。

右事実からすると、本件考案が構成要件(ハ)の「穴4を透設」するという構成を採用したことによる作用効果は上のうちの(d)にあって、穴4の透設に伴う履体2と車輪本体3との接合態様は、穴4内に車輪本体3のナイロン樹脂が流入することにより履体2を車輪本体3が巻込んだ形をとるものと認められる。

このことは、前掲甲第1号証によって認められる、本件明細書の「考案の詳細な説明」中の実施例に基づく説明にある「履体2の内周面に突出する前記抜止め突条1の側面には、周方向の適当間隔置きに横長の穴4が透設されてあり、履体2を金型内に収容して車輪本体3となる溶融ナイロン樹脂材を注入したとき、溶融ナイロン樹脂材は未だ流動性を失っていないので前記横長の穴4内に流入し、抜止め突条1とも相まって履体2と車輪本体3とを一層強力に融着するようになっている。」(本件公報2欄36行目ないし3欄6行目参照)との記載によっても裏付けられる。

そして、前記結合態様にかかる履体2車輪本体3が巻込むとは、履体2に透設された穴4内に流入・充填された車輪本体3のナイロン樹脂により履体2の左右両側面位置にある車輪本体部分が穴4を介して互いに結合され、履体2の周りに存在する車輪本体3の樹脂が履体2の内周面側(中心に近い側)だけでなく外周面側(外周に近い側)においても一体化されるという形において、履体2と車輪本体3とが接合、一体化されることを示すものと解される。

これに対し、被告物件は、本件考案のように「穴4を透設」するという構成を採らず、「溝状のくぼみ54を凹設」したにすぎないから、ナイロン樹脂がくぼみ54に流入するものの、これにより履体52を車輪本体53が巻込んだ形にすることはできないものであって、このくぼみ54に充填された車輪本体53の部分は履体52の側面を挟着する形とはなるものの、このくぼみ54の部分において履体52の左右両側面の車輪本体53が互いに結合されるものではないし、履体52の前記外周面側においても車輪本体53の樹脂の一体化をもたらすものでもない。

したがって、本件考案における透設された穴4、被告物件における溝状のくぼみ54による履体と車輪本体との結合態様は、接合、一体化の技術思想を異にするものと解さざるを得ない。

そうだとすると、構成要件(ハ)と構成(ハ)'に関し、履体と車輪本体との接触面積の増大、左右対称構造等の点で、一部の作用効果を同じくするところがあるとしても、被告物件を本件考案と均等なものであるとすることはできない。

右判示したところによれば、被告物件は、構成(ハ)'が本件考案の構成要件(ハ)を充足せず、本件考案と均等なものであるともいえないから、登録出願前公知公用を理由に本件考案の技術的範囲につき限定解釈をなすべきか否かを問うまでもなく、本件考案の技術的範囲に属しないというべきである。

4  以上のとおりとすれば、被告が業として被告物件を製造・販売することは、原告らの本件実用新案権を侵害するものではないから、上侵害を前提とする原告らの本訴請求はすべて理由がない。

よって、原告らの本訴請求をいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条、93条を適用して、主文のとおり判決する。

(金田育三 鎌田義勝 裁判官若林諒は転補のため署名、押印することができない。金田育三)

〈以下省略〉

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